カジノとパチンコの論理学 カジノの歴史4 禁止からコントロールへ

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カジノの歴史4 禁止からコントロールへ

前回までにカジノあるいはその類似の賭博場の発展の歴史の中で、依存症や不正、脱税、マフィアの関与などどいった負の部分が顕在化し社会問題となったことを述べてきました。
今回はこれらの問題に対処した英国の取り組みについて取り上げます。

賭博産業は娯楽の一つであるため、人心に余裕がない時代は衰退する運命にあります。
カジノや賭博場もその例にもれず、欧州では戦火の及んだ地域を中心に軒並み潰れていきました。
大戦後、復興が進み経済状況が改善するにつれて、徐々にこれらが復活していくことになります。

初回の記事で述べたとおり、欧州においては上流階級の社交場としてカジノがリゾート地に古くから存在していました。
また、違法ではあるものの、第2回の記事で触れたカジノと類似した鉄火場の賭博場が都市部に再度広がっていきました。
大戦後の欧州においては冷戦の緊張感はあったものの大きな紛争はなく、経済の発展によって労働者階級から中産階級へと生活が向上する人々が多くなったこともあり、余暇としての賭博の需要が高まりました。
リゾート地のカジノは既に王侯貴族の独占物ではなくなり中産階級からの客が増えてゲームに興じる一方で、都市の問題ある賭博場にも多くの客が訪れるようになっていきます。

当時の欧州各国は概ねカジノについては法整備が不明瞭で、賭博場については禁止という姿勢をとっていました。
しかし、カジノと賭博場との区別すらも必ずしも明確ではなく、賭博全般についての議論が高まっていきます。

これに対処すべく、英国の王室委員会はカジノを含む賭博全般に関する報告書をまとめ、カジノに関する規制を法律で明確に定めて国がコントロールすることを方針としました。
その報告書の要点は次の通りです。

王室委員会は三年半にわたる審議の結果、ギャンブルは、コントロールすべきであるが、禁ずべきでないという結論に達した。
国家は社会的に問題とならない限り、一般国民の楽しみを阻害してはならない。(中略)
禁止したためにかえって犯罪を生むものである。(中略)
ギャンブルは適正な範囲で行われる限り、人の性格や家庭および社会一般に対して大きな害毒を流すものとは考えられない

(谷岡一郎『カジノが日本にできるとき』より
 谷岡氏が 公営競技問題研究会『公営競技の現状と問題点』から引用した部分を引用)

報告書に基づき、英国では1960年に法律が制定されカジノが解禁されました。
さらに、68年の同法の改正で次の3つの目標が設定されます。

1 犯罪の追放(犯罪組織の関与をなくす)
2 多すぎる利益の駆逐(儲けすぎないようにする)
3 客にとってフェアなゲームが保証されること

(谷岡氏の上記の書籍より引用)

この法律によってゲーミング委員会が設置され、所轄の保安警察官の業務の一部としてではなく、賭博専門の行政機構が厳格な監視にあたることとなりました。
英国では、現在でもカジノの施設について小規模なものに限るなど制限が多いため施設数も約120程度しかなく、顧客に対しても事前の会員登録やドレスコードを課すなど抑制策をとっています。

2001年には再度、賭博に関する報告書がまとめられましたが、この中において上記の合法化の哲学が間違っていなかったこと、3つの目標が達成されたことが確認されました。

以上のように、英国においてカジノに対する姿勢を禁止から国によるコントロールへ改めたことにより、社会問題が最小化することが実証されました。
賭博は政府による厳格な監視体制によって不正や脱税、マフィアの関与が根絶され、賭博性の管理によって依存症を最小限に抑えることが可能なのです。
この哲学は米国や他の欧州各国の賭博規制にも採用されていくこととなります。

次回は、米国におけるカジノの発展について取り上げます。
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